医院開業コラム
クリニックを開業するにあたって、経営の出口戦略をどうすべきか気になっている先生も多いのではないでしょうか。
特に開業医は相続税が高くなりやすいため、遺産相続で問題が生じやすい傾向にあります。クリニックの承継や地域医療への影響も踏まえて、あらかじめ遺産や相続税対策の知識を身につけておくことが大切です。
この記事では、開業医の遺産の平均額を踏まえつつ、相続税の計算方法や遺産相続における問題、開業医ができる相続税の節税方法などを解説します。
開業医の遺産の平均額は? 相続税が高額になりやすい理由
遺産とは「亡くなった方が残したすべての財産」のことです。現預金はもちろん、不動産・債権・有価証券・宝石などが遺産に該当します。
これらのプラスの財産に加え、借金や未払税金といったマイナスの財産も相続の対象です。プラスの財産からマイナスの財産を差し引いた評価額に対して、相続税がかかります。
また、国税庁が発表した「令和2年分相続税の申告事績の概要」によると、令和2年における被相続人一人あたりの相続課税価格は平均1億3,619万円、税額は1,737万円です。
開業医の場合、遺産にまつわる事情が一般の方とは異なるため、以下で詳しく解説します。
1-1 個人医院ではクリニックの資産も遺産に含まれる
開業医として個人医院を運営している場合、院長個人が所有している資産だけではなく、クリニックの資産も遺産に含まれ、相続税の課税対象となります。
自分の資産はともかく、クリニックの資産に対して相続税がいくらほどかかるのか、そもそもどの資産に課税されるのかなど、細かく把握できていない方もいるでしょう。
クリニックの資産に該当するものは、以下の通りです。
- クリニックの建物
- 医療機器
- 医薬品
- 車両
- 未受領の診療報酬
ちなみに、厚生労働省の「第23回医療経済実態調査」によると、一般診療所全体の資本合計は約12億円となっています。
1-2 開業医は年収が高く、年齢を重ねても働ける
そもそも医師は他業種と比べて平均年収が高めですが、開業医になると年収は勤務医の約2~3倍に増加します。厚生労働省の「第23回医療経済実態調査」によると、2019年の開業医の平均年収は約2,800万円、勤務医の平均年収は1,100万~1,500万円ほどです。
また、開業医は勤務医と違って定年制度がないため、体力と気力があれば年齢を重ねても働き続けることができます。長く働いた分だけ資産も増えるため、結果として相続遺産も多くなる傾向にあるのです。
自分の年収だけではなく、いつまで働き続けるかというビジョンも見据えて、相続税対策に取り組む必要があります。
1-3 持分あり医療法人の場合は出資持分も課税対象
医療法人のクリニックを運営している場合、出資者に財産権がある「持分あり」と、財産権がない「持分なし」の違いにも注意しなければなりません。
持分あり医療法人では、開業時に出資した医師がクリニック経営で築き上げた資産は、院長本人を含む出資者の資産となります。引退とともに医療法人を解散する場合、持分に応じてその資産を受け取ることが可能です。
一方、持分なし医療法人の場合、医療法人の資産は国に帰属します。
これだけ見ると持分ありのほうがよさそうですが、医療法人の資産がすべて出資者に帰属する関係上、出資持分も課税対象になってしまいます。医療法人の規模が大きいほど相続税も巨額になるため、計画的な対策が必要です。
相続税の計算方法
相続税の一般的な計算方法は、以下の通りです。
- すべての遺産を合算する
⇒まずは各相続人が受け取った遺産をすべて合算します。死亡保険金や3年以内に生前贈与された財産も課税対象なため、プラスの財産に加えます。プラスの財産からマイナスの財産や葬儀費用を差し引いた分が、課税価格の合計額です。 - 課税遺産総額を求める
⇒課税価格の合計額から基礎控除額を差し引くと、課税遺産総額(実際に課税される遺産の総額)を算出できます。基礎控除額は「3,000万円+600万円×法定相続人の人数」で算出可能です。 - 相続税の総額を求める
⇒法定相続分の割合に基づいて課税遺産総額を分配し、金額に応じた税率をかけて各相続人の課税額を算出します。課税額を合計したものが相続税の総額です。 - 各相続人が納める税額を求める
⇒実際の相続割合に基づいて相続税の総額を割り振ると、最終的に各相続人が納める税額を算出できます。
相続税の税率は所得税と同じく「累進課税」となります。さらに、平成27年の税制改正により、法定相続分の取得金額2億円以上の税率が引き上げられたため、遺産総額が増えるほど課税のインパクトは大きくなります。
相続税の計算方法は複雑なため、難しいと感じたら税理士などに依頼しましょう。
開業医が直面する遺産相続での問題
開業医の場合、遺産相続で以下のような問題が発生する可能性があります。
- 多額の相続税で遺族に負担がかかる
- 自院の患者や地域医療に影響を及ぼす
- 子供に承継する場合は遺産分与で遺族が揉める
それぞれ詳しく解説します。
3-1 多額の相続税で遺族に負担がかかる可能性
先述の通り、開業医の遺産にはクリニックの資産も含まれます。さらに、年収も勤務医の約2~3倍とかなり高い傾向にあるため、一般の方と比べると相続税がどうしても高額になってしまいがちです。
遺産の総額や相続人の人数などによって変わりますが、資産評価額の高さに比べて手元のキャッシュが不足することで、遺族が相続税を納めることが困難になってしまう可能性もあります。
また、クリニックの後継者がいない場合、廃院という選択肢も検討しなければなりませんが、建物の取り壊しや医療機器の処分などに費用と手間がかかるケースもあります。
クリニックの承継問題も含めて、早めに家族や顧問弁護士と相談しましょう。
3-2 自院の患者や地域医療に影響を及ぼす
クリニックをはじめとする医療機関は、地域住民にとって必要不可欠な存在です。そのため、自院の承継についても考えておかないと、今まで通院してくれていた患者さまが困ってしまい、地域医療に大きな影響が及んでしまうかもしれません。
従来、クリニックは親族内承継が一般的でしたが、最近は第三者承継(M&A)も増えているので、身近に後継者がいない場合は検討しましょう。
また、承継の予定が決まっていても、事前にきちんと対策を講じておかないと相続税が高額になって後継者の経営に支障が出たり、手続きに時間がかかって診療業務が長期にわたり中断してしまったりする可能性もあります。
3-3 子供に承継する場合は遺産分与で遺族が揉める恐れも
相続人が複数いる場合、承継する子供と医師ではない他の親族との間で、相続財産の偏りが生じる可能性もあります。
例えば、医療法人の資産である出資持分は、クリニックを承継する医師が受け取ります。しかし、このようなケースだと承継する子供だけ多くの遺産を受け取るため、遺族同士で揉める原因になりかねません。
相続争いを防ぐためには、生前にトラブルが起こらないよう相談したうえで、遺言をきちんと残すといった対策が必要です。
開業医ができる相続税の節税方法
開業医の遺産相続がスムーズに進むかどうかは、生前に取り組んでいた相続税対策で決まるといっても過言ではありません。遺族に負担をかけないためにも、しっかり対策したいところです。
そこで、開業医ができる相続税の節税方法をまとめました。
4-1 医療法人を設立する
2007年4月1日の法改正以降、持分あり医療法人を新たに設立することはできません。現状では医療法人化すると、基本的に財産権がない持分なし医療法人になるため、クリニックの資産も相続対象から外れます。つまり、相続財産自体を減らせるため、結果的に節税へとつながるのです。
また、医療法人を設立した場合、以下のようなメリットも発生します。
- クリニックの利益に対する課税が所得税(最大55%)から法人税(18%程度)へと切り替わるため節税につながる
- 院長が給与所得控除を受けることができる
- 分院やリハビリ施設を設立できる
- 社会的信用が向上する
これらのメリットを踏まえても、検討する価値は高いといえるでしょう。
4-2 MS法人立ち上げによる所得分散
MS法人(メディカルサービス法人)とは、医療機関以外でも対応できる病院関連の事業に携わる法人のことです。会計業務・医療機器のリース・医薬品の在庫管理・人材派遣など、さまざまな業務を請け負います。
MS法人を設立したうえで、後継者や親族を雇って給与または役員報酬を支払えば、クリニックの資産を親族へと移転することが可能です。所得を分散できるだけではなく、個人医院の場合は一部を法人税へと移行できるため、高い節税効果が見込めます。持分あり医療法人の場合、出資持分の評価額を下げる工夫ができることもポイントです。
また、MS法人のさらなるメリットとしては、経営上のリスクを分散できる、株式や社債による資金調達ができるといったことも挙げられます。
4-3 不動産投資
現預金には控除が一切ないため、額面がそのまま相続税評価額となってしまいます。多額の現預金を持っている場合、資産の組み換えによる節税が有効です。特に不動産投資はおすすめの方法といえます。
不動産は現預金よりも相続税評価額が低く算出されるため、高い節税効果が期待できます。例えば、現預金1,000万円の相続税評価額は同じく1,000万円ですが、1,000万円の不動産なら約600~700万円程度に収まるのです。その不動産を賃貸物件にすれば、さらに相続税評価額を下げることができます。
ただし、不動産は分割しにくいため、相続時のトラブルに注意が必要です。
4-4 生前贈与
開業医の節税方法としては、自分が生きているうちに資産を無償で与える「生前贈与」もおすすめです。
贈与は年間110万円までに抑えれば、贈与税が非課税となります。例えば、二人の子供に対して110万円ずつ3年間渡した場合、合計660万円の贈与です。相続税の税率が40%であれば、660万円×40%=264万円の節税となります。
また、年間110万円以上でも相続税の税率より低いなら、十分な節税効果が見込めるため、贈与を検討すべきでしょう。
なお、贈与はキャッシュ以外でも非課税の対象となるので、クリニックの資産を計画的に後継者に渡しておけば、承継もスムーズに進みます。
4-5 個人版事業承継税制の活用
個人版事業承継税制とは、開業医も含む個人事業主の事業承継を促進するため、事業用資産にかかる相続税・贈与税を10年間限定で100%納税猶予する制度です。税金自体がなくなるわけではありませんが、猶予期間が非常に長いため、相続人の負担を減らすことができます。
この制度を活用したい場合、個人事業承継計画の提出をはじめとする認定申請手続きが必要です。申請についても条件や期限が定められているため、事前に確認しておきましょう。
また、相続税・贈与税の納税猶予を受けるためには、税務申告に関する手続きが別途必要なため、その点にも注意しましょう。
4-6 医療法人の出資持分の評価を下げる
持分あり医療法人の場合、剰余金の配当が禁止されているため、そのままだと出資持分の評価額は年々上がってしまいます。以下のような対策によって利益を圧縮すれば、出資持分の評価額を下げることが可能です。
- 生命保険への加入
- 役員報酬の増額
- 退職金・特別功労金・弔慰金の支給
特に生命保険は500万円×法定相続人の非課税枠があるため、高い節税効果を発揮します。例えば、法定相続人が配偶者と子供二人の場合、500万円×3人=1,500万円の保険金は非課税です。相続税の税率が40%であれば、600万円の節税になります。
4-7 持分なし医療法人への移行
現在、医療の安定・継続や承継への懸念から、厚生労働省は持分あり医療法人から持分なし医療法人への移行を促進しています。自分のクリニックが持分あり医療法人の場合、3年間限定という条件付きですが、税制優遇措置を受けながら持分なし医療法人に移行することが可能です。
税制優遇措置の概要は以下の通りです。
- 相続税・贈与税の納税猶予ができる
- 移行期限までに出資持分を放棄すれば、贈与税の猶予税額が免除になる
- 相続時に出資持分を放棄すれば、相続税の猶予税額が免除になる
また、独立行政法人福祉医療機構による低利融資を受けることもできます。
4-8 第三者にクリニックを譲渡する
先述の通り、近年は親族に後継者がいないといった事情から、血縁関係のない第三者にクリニックを譲渡するケースも増えています。第三者承継(M&A)をすれば、引き続き地域医療を提供しつつ、相続による遺族への負担(建物の解体費用など)を減らすことが可能です。
また、第三者承継は以下のようなメリットもあります。
- スタッフの雇用を維持できる
- 譲渡対価を得られるため、引退後の生活に余裕ができる
- 後継者の経営が軌道に乗りやすい
なお、第三者承継もさまざまな手続きを踏まなければなりません。まずは専門家に相談してみましょう。
開業医の遺産・相続問題は税理士などの専門家に相談を
開業医は自分のクリニックを持つ経営者であり、他業種や勤務医と比べて年収も高いため、多くの資産を所有することになります。自分が亡くなった後は遺産として相続しますが、遺族に負担をかけないためにも、あらかじめ相続税や遺産分与など確認・調整しておきたいところです。
もし遺産や相続問題について悩みがある場合、税理士などの専門家に相談することを推奨します。
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