医院開業コラム
近年、医療業界は多くの職種が深刻な人手不足に陥っています。医師はもちろん、看護師をはじめとする看護職員も需給バランスが崩れているため、診療・経営への悪影響が懸念されています。
このような状況の中、開業後のスタッフ採用や医院経営に不安を感じている先生も多いのではないでしょうか。
今回の記事では、医療業界の人手不足の現状と原因をデータを交えて紹介しつつ、人手不足が引き起こす問題、人手不足を乗り越えるための対策について解説します。
医療業界の人手不足の現状と原因
医療業界の人手不足における背景には、以下のような現状と原因があります。
- 人口減少による労働力不足
- 日本は世界的に見て医師が不足している
- 地域・診療科ごとの医師の偏り
- 看護師の需要過多
- 離職率の高さ
- 労働環境の問題
- 医療技術の高度化
それぞれ詳細をまとめました。
1-1 人口減少による労働力不足
日本は以前から少子高齢化による人口減少が続いているので、全国規模で「生産年齢人口(15~65歳までの人口)」も減少しています。
国連が発行した「世界人口白書2024」によれば、2024年時点における日本の総人口は約1億2,260万人となっています。経済産業省の「人生100年時代に対応した「明るい社会保障改革」の方向性に関する基礎資料」によると、人口そのものは2004年末から減り続けており、2050年時点で約1億人まで減少する見込みです。
このように現在進行形で日本全体の労働力が不足している中で、特に医療・福祉業界での需給バランスが悪化しているといわれています。
出典:経済産業省「人生100年時代に対応した「明るい社会保障改革」の方向性に関する基礎資料」
国連人口基金「世界人口白書2024(State of World Population2024)」
1-2 日本は世界的に見て医師が不足している
日医総研がOECDのデータをもとに作成・公表した「医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-」によると、日本の人口当たりの臨床医指数は2.4人です。なお、OECD加盟国35ヶ国の平均値は3.5人となっています。
平均値を大きく下回る日本は35ヶ国中28位であり、なおかつG7に参加している7つの先進国の中で最下位というネガティブな結果に終わっています。この結果が示している通り、日本は世界的に見ても医師が不足している国です。
国によって医療制度や総人口はそれぞれ異なる関係上、単純に比較できない面もありますが、それを考慮しても足りないことは紛れもない事実です。また、日本は病院数・病床数が世界トップクラスなので、より医師不足を感じやすくなる傾向にあります。
出典:日本医師会総合政策研究機構「医療関連データの国際比較-OECD Health Statistics 2019-」
1-3 地域・診療科ごとの医師の偏り
日本国内における医師不足の状況は、地域によっても大きな偏りがあります。
厚生労働省が公表した「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会第4次中間取りまとめ」によると、2019年4月時点で人口10万人当たりの医師数が多い都道府県の第1位は京都府、逆に最下位は埼玉県です。
さらに、同データでは各都道府県の「医師偏在指標」も公開されていますが、第1位が東京都、最下位が岩手県となっています。
また、診療科によっても医師数の偏りが生じています。麻酔科・精神科・放射線科などは医師数が大きく増加していますが、外科や産婦人科は長年にわたって低調です。後者は他の診療科と比べて時間外勤務や急患対応が多いので、増加率も伸び悩んでいると考えられます。
出典:厚生労働省「医療従事者の需給に関する検討会 医師需給分科会第4次中間取りまとめ」
1-4 看護師の需要過多
看護師の人手不足は医師よりも深刻化しており、クリニックでの人員配置基準を満たす人数を確保することすら難しくなっています。
厚生労働省の「一般職業紹介状況(職業安定業務統計)」によると、2023年1月時点での看護師の有効求人倍率は2.47倍です。同時点における日本の平均有効求人倍率が1.29倍なので、実質2倍弱の差が生じています。
また、パーソル総合研究所が公表した「労働市場の未来推計2030」によれば、2030年時点で医療・福祉業界の人手不足は約187万人まで進行すると予測されています。
少子高齢化によって医療サービスの需要が高まっている一方、看護師の数は医師以上に不足しているため、現時点で人材の争奪戦が起こっている状況です。
1-5 離職率の高さ
新たな人材の採用が難しくなっているだけではなく、離職する医師や看護師が増えていることも人手不足の原因です。特に看護師の離職率の高さは顕著であり、安定して人材を確保することが難しい状況になっています。
公益社団法人日本看護協会が公表した「2023年 病院看護実態調査」によれば、正規雇用看護職員の離職率は2018年時点で11.8%です。単純計算だと10人に1人が離職していますが、先述したように看護師は有効求人倍率が高いので、新たな人材の補充は簡単ではありません。
看護師の離職率が高まっている理由としては、人手不足による業務負担の増加が挙げられます。離職者が出ると人手不足は進行するため、さらなる負担を招きやすい状況です。
出典:公益社団法人日本看護協会「2023年 病院看護実態調査」
1-6 労働環境の問題
人手不足によって一人当たりの業務負担が増えると、時間外勤務や休日出勤の機会が増えたり、休憩時間をきちんと取得できなかったりするなど、労働環境が悪化しやすくなります。その結果、心身に対する負担も大きくなってしまうため、結果的に離職率の上昇へとつながってしまうのです。
日本医療労働組合連合会が公表した「2022年 看護職員の労働実態調査」によれば、実際に「仕事を辞めたい」と考えている看護師の割合は合計79.2%にも上ります。「仕事を辞めたい理由」の上位は、以下の通りです。
- 人手不足で仕事がきつい:1%
- 賃金が安い:6%
- 思うように休暇が取れない:6%
- 夜勤がつらい:6%
- 思うような看護ができず仕事の達成感がない:1%
この結果が示す通り、労働環境に不満を抱えながら働いている看護師は少なくありません。
出典:日本医療労働組合連合会「2022年 看護職員の労働実態調査」
1-7 医療技術の高度化
新たな医学理論の提唱や先進テクノロジーとの融合により、医療は目覚ましい発展を遂げています。しかし、医療の発展に伴って医師や看護師に求められる医療技術が高度化しているため、スキルアップや人材育成の難易度が向上し、人材確保が難しくなっていることも事実です。
特に最近は少子高齢化が進んでいるので、介護医療や訪問看護のスキルを身につけた人材の需要が増加しています。さらに、患者さまやその家族の意識が変化し、安全かつ納得のいく医療を求める声も高まっているため、今まで以上にスキルが重要視されている状況です。
医療業界全体が人手不足に陥っている現状、必要十分なスキルを身につけた人材は見つけるだけでも一苦労でしょう。
医療業界の人手不足が引き起こす問題
医療業界で人手不足が進行した場合、以下のような問題を引き起こす可能性もあります。
- 診療の質の低下
- 医療事故のリスク
- 人件費の高騰
- クリニックでの人材採用難
- 医療機関の格差拡大
こちらも原因や懸念点を詳しく解説します。
2-1 診療の質の低下
先述の通り、人手不足はスタッフ一人ひとりの業務負担を増加させるので、結果的に患者さまへの診療の質が低下してしまう可能性もあります。
診療の質は患者さまの健康だけではなく、クリニックの評価にも直結する要素です。「医師や看護師と接しづらい」「症状や治療に関する説明が足りない」といった印象を与えた場合、悪い口コミが投稿されたり、直接クレームが来たりするかもしれません。
また、医療事務や受付における対応の質が低下するケースもあります。会計内容に不備が生じたり、受付での手続きに時間がかかったりしやすくなるため、マイナス評価につながってしまうのです。
人手不足はスタッフだけではなく、患者さまにも悪影響を与えることを認識しておきましょう。
2-2 医療事故のリスク
人手不足による多忙な日々や業務負担の増加が続いた場合、スタッフの心の余裕を奪ってしまいます。余裕のない状態で仕事に取り組めば、集中力が下がって注意散漫になったり、焦燥感から適切な判断を下せなくなったりする可能性も出てくるため、結果的に業務上のミスを引き起こしかねません。
特に医療現場でのミスは、医療事故につながるリスクもあります。もし医療事故が発生した場合、クリニックやスタッフへの信用が失墜するだけではなく、患者さまに重大な健康被害が生じるケースもあるのです。
取り返しのつかない事態を招いてしまった場合、クリニックの閉院や高額な損害賠償にもつながるので、余裕を持って働ける程度の人材を常に確保する必要があります。
2-3 人件費の高騰
クリニックの支出項目はさまざまですが、特に人件費が大きな割合を占めています。人件費に含まれる費用の例は、以下の通りです。
- 給与・賞与
- 各種手当
- 福利厚生費
- 採用広告費
- 人材紹介手数料
人手不足を解消するために給与水準を引き上げたり、採用活動に充てる予算を増やしたりすれば、収益が圧迫される可能性もあります。
クリニックが健全な経営を続けるなら、収入に対する人件費の割合「人件費率」を20%以内に抑えることが重要です。
例えば、3,000万円の収入を得ている場合、人件費は600万円以内が適正ということになります。開業当初は収入が少ない分、人件費率はどうしても高くなってしまうため、開業から2~3年目を見据えて確認したいところです。
2-4 クリニックでの人材採用難
医療業界は人手不足が慢性化していることにより、求職者数より求人数の方が多い売り手市場になっています。つまり、求職者が自分の希望に沿ったクリニックや病院を選びやすいということです。
さらに、人手不足の原因となっている少子高齢化・人口減少は今後も続く見込みであり、労働力不足がより一層進行すると予測されています。そのため、採用活動自体が難しくなっていると言えるでしょう。
このような状況下で良い人材を採用するためには、他院より効果的な採用活動を行いつつ、求職者に自院ならではの強みや魅力をしっかりアピールしなければなりません。
2-5 医療機関の格差拡大
人手不足はここまで解説してきた診療の質や人件費を通じて、最終的にクリニックの収益にも影響を与えますが、これが医療機関の格差拡大に関連しています。
求職者の希望条件は人それぞれ異なりますが、良い人材が集まりやすいクリニックには以下のような特徴があります。
- 給与水準や福利厚生が魅力的
- スタッフが働きやすい職場づくりに注力している
- IT技術の活用によって効果的な診療をしている
このようなクリニックを実現させるためには、費用と労力をかけて体制整備に取り組まなければなりません。しかし、人手不足によって十分な収益を得られていない場合、体制整備に必要なリソースを確保しづらいため、格差がさらに広がってしまう可能性もあるのです。
医療業界の人手不足への対策
医療業界の人手不足を乗り越えるためには、以下のような対策を講じる必要があります。
- 適切な給与水準の設定
- 福利厚生の充実
- 新人スタッフの研修・教育制度の整備
- キャリアアップ・スキルアップ支援
- IT活用による業務効率化
- 勤務体制の見直し
各対策の詳細も解説します。
3-1 適切な給与水準の設定
新たな人材を採用することは大切ですが、既存スタッフの離職を防ぐための対策も欠かせません。
看護師の離職率が高い原因の一つは「賃金が安い」という理由なので、地域の相場や業務内容に見合った適切な給与水準を設定する必要があります。特に夜勤や土日祝日のシフトがある場合、十分な手当を支払わないと不満が生じる可能性大です。
また、診療科や一人当たりの業務量によっては、少なからず残業が発生するケースも想定されます。こちらも残業代をしっかり支払って、スタッフの苦労に報いたいところです。
「経営状態が厳しい」「給与を上げるほどの余裕がない」という場合、国や地方自治体が提供している補助金などを申請することも検討しましょう。
3-2 福利厚生の充実
求職者に働きやすさをアピールしつつ、既存スタッフが長く安心して働ける職場をつくるためには、できるだけ福利厚生を充実させることも大切です。「育児と仕事の両立が難しい」「有給休暇を取得しづらい」といった点に不満を感じ、離職に至るケースは少なくありません。
以下のような福利厚生制度を導入すれば、スタッフの離職を防げるようになります。
- 保育所設置
- 完全個室寮完備
- 住宅補助
- マイホーム取得支援制度
- 診療費用補助制度
- 通勤手当
- 休職中の潜在看護師支援制度
- リフレッシュ休暇制度
これらの福利厚生制度はあくまで一例なので、スタッフの生活状況や要望を踏まえつつ、独自の制度を取り入れるのも一案です。
3-3 新人スタッフの研修・教育制度の整備
新人スタッフは経験が少ない分、自分のスキルに不安を感じている可能性が高いので、研修・教育制度をきちんと整備する必要があります。
例えば、院内で研修や勉強会を開いたり、どこでも学習できるEラーニングを導入したりすれば、スキルアップを促進することが可能です。新人スタッフのスキルアップをサポートすることは、離職率低下やモチベーション維持だけではなく、診療の質の向上にもつながります。
また、研修・教育制度が充実している旨を求人広告でアピールすれば、求職者が関心を持ってくれる可能性も高まるでしょう。
3-4 キャリアアップ・スキルアップ支援
高度な医療技術が求められている現状、新人のみならず既存スタッフのキャリアアップ・スキルアップを支援することも必要不可欠です。研修や勉強会の開催はもちろん、外部セミナーの参加費用や資格取得に必要なテキストの購入費用など、金銭面でのサポートも効果が見込めます。
さらに、人事評価制度を明確化した上で、スキルアップの状況や業務での実績と連動させることも大切です。スタッフが高難度の資格を取得したり、クリニックの評価を高める働きが認められたりした場合、等級や給与を上げることで、モチベーションアップにつながります。
また、各スタッフが目指しているキャリアプランを把握し、適切なキャリアパスを形成することも重要です。
3-5 IT活用による業務効率化
老若男女問わずインターネットやスマートフォンが普及している昨今、IT技術を積極的に活用することも人手不足の解消につながる対策です。
クリニックの場合、以下のような業務効率化につながるツールを導入すれば、スタッフの業務負担を軽減できるだけではなく、診療の質や患者さま満足度の向上を実現できます。
- 電子カルテ
- オンライン予約・問診システム
- オンライン診療システム
- 自動清算システム
- 在庫管理システム
ただし、どのツールも実際に使いこなせないと意味がないため、あらかじめ勉強会や説明会を開いたり、運用マニュアルを作成したりすることも重要です。また、ツールの導入には費用がかかるため、IT導入補助金などの利用も検討したいところです。
3-6 勤務体制の見直し
看護師や医療事務は昔から今に至るまで女性の割合が多いので、結婚や出産をきっかけに離職を余儀なくされるケースも見受けられます。一方、短時間なら勤務できる人や復職を希望する人も少なくないため、それを見据えて勤務体制の見直しを図りたいところです。
例えば、時短勤務制度を導入したり、休暇を取りやすくする仕組みをつくったりすれば、フルタイム勤務や夕方以降の勤務が難しい人も採用しやすくなります。実際、女性のスタッフには「パートタイマーとして働きたい」「勤務前後に子どもの送り迎えがしたい」という人が多いため、その希望を叶えることも人材確保の要件と言えるでしょう。
他のスタッフの負担も考慮しつつ、柔軟に対応しましょう。
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医療業界の人手不足は深刻化しており、すぐ状況が改善することも期待できないので、各クリニックで自ら対策を講じる必要があります。人手不足の原因や問題を押さえつつ、専門家の意見も聞きながら対策を検討しましょう。
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